すこし日付が前後してしまうのだが、17日に「幸福な食卓」の試写会に行ってきたのであった。
原作は、第26回吉川英治新人文学賞を受賞したもの。
ちゃんと読んだつもりなのだが、私にはどうしても「瀬尾まい子の世界観」というのがよくわからないようで、だからなんなんだ!?(-_-;)と思ってしまうタイプであることを先に明記しておく。
ストーリーはざっというとこんな感じだ。
舞台となる一家は不思議な家庭である。
主人公の佐和子は鯖と梅雨時が苦手な中3だ。
3年前に自殺未遂を起こした教師の父親は「お父さんをやめる」と言い出し、母親は近所のアパートで一人暮らしをしているが「お母さんはやめていない」ので、洗濯やら掃除に通ってくる。
小さい頃から天才児だった兄は大学進学をやめて農業をやっている。
この完全に破綻しているのに何故か平和という不思議な一家を実は佐和子が支えている。
その佐和子に「愛する人の死」という不幸がのしかかったとき、家族は再生への道をたどり始める。
実際、家庭を破綻させてしまったつかさみずほからするならば、この家庭は「アリガチ」であるばかりに映像にしてしまうと妙にリアリティがない。
とはいっても、本で読んだ時にはそう違和感はなかった。
瀬尾まい子という人が描くのは、いつだって「ぬるさの肯定」であって、ピリピリするような現実味を否定することで成立している。
この「幸福な食卓」も同じで、実はどこにだってころがっているよくある不幸が、それぞれ交差することで人が変わり続けていくことを否定しない。
時が動きつづけている以上、それは誰でも知っている心の傷の癒し方なのだ。
ところがそれは、あまりにも誰もが普段何気なくやっていることなので、逆に映像にするととても消化しにくい感が残ってしまう。
理由を考えるに、佐和子の心理描写がどうもうまくいっていないからかもしれない。
この家族は、誰もが佐和子こそ、この家の一本柱であることを知っている。
そして、お互いを思いやるあまりに「どんな状況もすべてよし」にしてしまっているわけで、それぞれ気がつかない「フリ」をしているわけだ。
が。
観ているものは、中原家が現状を維持している理由がどうもわからない。
「こんなバラバラなのに何故、首の皮一枚でつながっているのか?」という状況の説得力にイマイチ欠けてしまって、佐和子の不幸を家族がどう受け止めたのかがわかりにく、なぜ再生していくのかも納得がいかないのだ。
もしかしたら、原作を読んだ人ならわかる「行間」があるのかもしれないが、少なくとも私には感じられなかった。
おそらく、この映画を観て恩田陸の「夜のピクニック」を映画化されたときのガッカリ感を思い出すのは、決して私だけではあるまい。
だからといって、役者がヘタだとかいうことはない。
北乃きいちゃんは可愛いし、この映画に協賛しているキットカットをついつい受験生に配ってしまいたい衝動にかられるような頑張りをみせていて◎である。
だがしかし。
佐和子の初恋の相手・大浦勉学役の勝地涼って、「亡国のイージス」に出てた人なんだが・・・・。
・・・・・・・・・・15歳って、やっぱりムリだと思うわ。
どう贔屓目にみても高校受験生には見えないのよ。
「マイボス・マイヒーロー」ちゃうねんから(笑)
15歳くらいの若い役者さんでよかったんちゃうかな〜(-_-;)
と、いうわけで。
つかさみずほ的には、(5点満点で)☆3つって感じか。
高校受験で、もうひと頑張りしときゃよかった・・・と悔いているオトナにはおすすめしないが、春から受験生になる2年生(中学でも高校でも)にはオススメであろう。
恋であれ、部活であれ、見栄であれ、勉強するパワーをどっかから貰ってこないとダメな時も確かにある。
オバチャンはそれを決して否定しない(^-^;
だから、
「なんでもいいから、がんばろ!」
という気にはなるかもしれない。
だがしかし。
大学生はこの映画みてるヒマがあったら、就活準備にきりかえてくらさい。


コメント (2)
チョットチョット・・これも・・・
もしかして懸賞で?
当ったのか〜〜Σ( ̄□ ̄;)?
だとすると・・すごい当選率のような気がする・・・
これだけ当りまくるのに、なぜ故に「大切な場面」ではスカをひくのか、ある意味では同属のモレはすごく気になる・・・つ〜か1回多いから更に気になる・・・
そこにあるのはなんなんだろうか・・(-ω-*)んー
投稿者: 電気 3五郎(改) | 2007年01月24日 22:07
日時: 2007年01月24日 22:07
試写会は結構当たるじょ〜(#^_^#)
しかし、大事なとこでスカを引くのはなんでなんだろうかのう・・・。
やっぱ、男運は懸賞運で昇華してるのな、たぶんな。
投稿者: つかさみずほ | 2007年01月25日 01:48
日時: 2007年01月25日 01:48