かつて。
私はターミナルケア(終期医療)にあんまり興味がなかった。
と、いうよりも、ターミナルケアとgrief work(死別もしくは喪失の悲嘆に対するケア)はセットになっていないと意味がない、と思っているために、私自身が医者でない以上、死ぬのを見送るよりも、生きていかなきゃならないほうを優先しよう、という単純明快な理屈で、grief workに力をいれている、というのが正しい。
つまり、誰かの死に向かい合って生きていく人間の心理的なケアがしたいということだ。
直にその死に向かっていく人間を見送るほど、私はまだ人間ができてない、と思っていた。
先日、私のオフィスにgrief workに対する問い合わせがあった。
問い合わせてきたケースの家族に「そりゃ一度おいでください」といったまではよかったのだが、どうやらケース本人は老人で、grief は30年以上も前に亡くなった息子さんだという。
griefはどれだけの時を経ても0にならない、というのがこのケアの基本である。
が、対象者が御年80歳を越えているとなればちょっと話が変わってくる。
次に体験する死は、多少順番の変更があったとしても、大抵ケース本人なのだ。
「え〜と。その方の身近な方が、今、病気療養中とかってことはありますでしょうか?」
その年になれば、旦那さんとか、その子供もそれぞれ体調になにがしかの問題はあろう。
それで死への恐怖にさいなまれているって可能性も高い。
「みんな元気です。父も不自由はありますが元気です。本人が問題でして。ひきこもりがちなんですよね」
そのひきこもりは30年前からずーっと続いていて、「grief workはどうだろう?」と思ったらしい。
とてもありがたいお話である。
こういう話が広まればgrief workももっと日本に浸透するであろう。
だがしかし、残念ながら、そりゃもうターミナルケアの領域なんではないか?
と、私は思った。
息子さんの死を受け入れられなかったのは、それはもうその人の人生そのものだ。仮にそれを否定したり受け入れたりするにも、ケースが高齢となるとなかなか厄介である。
grief workは長丁場なので、grief workの途上で本人にお迎えがきてしまう可能性もないわけじゃない。
「たぶん、デイサービスとかデイケアセンターに行かれると、同じような経験をされた方がいらっしゃると思うんですよ。
高齢者の場合も、そういう方たちとお話することがgrief workになるんです。
なので、一度ケアマネージャーの方にご相談されてはいかがでしょうか?
ケアマネさんもプロですから、ちゃんとわかってくださいます。デイサービスなら、費用も介護保険からでますし、こちらでgrief workを受けられるより安いです。ひきこもりにも効果ありますよ」
と、お答えした。
「いや、それがデイサービスにはいかないって言うんで」
よくある話である。
うちのオババもそうであった。(今は楽しく通っているが)
「まあ一度行ってみればどうかと思います。行くと楽しいですから。大丈夫です」
これもホントである。
ヘルパーさんやケアワーカーは、何度同じ話を聞いたって「それもう聞いたよ」とは言わない。
周りの年寄りもお互いで同じ話を毎日やっている。
家族にはなかなかできない芸当だ。
問い合わせてきた家族は
「そうですね。父もデイサービスがとっても楽しいって言ってます。同じところに通えないかケアマネさんに聞いてみます」
といって下さった。