同居人には、しばらく休みがない。
(にも関わらず、ゴルフにいく暇だけはどんな努力をしてでも構築する)
私の方もホームヘルパー講座も始まっちゃったし、なんか余計な仕事は入るし、同居人の仕事も手伝わなくちゃいけないしで、結構忙しかった。
こっちに時間の余裕がないことに比例して子供らの不機嫌さも増してくるので、「THE 有頂天ホテル」のレイトショーを見に行くということで、なんとか怒りをおさめてもらうことに。
「フライトプラン」が始まるっていうのに「THE有頂天ホテル」を見るのか〜
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とか、いってはいけない。
今日は子供らの機嫌をとるのが最優先である。
「THE有頂天ホテル」は、ホテル アバンティの大晦日一夜をそれぞれワケありの宿泊客や従業員が織り成す「グランドホテル形式」になっているので、筋らしい筋っていうのはない。
(うちの同居人などは筋を追いかけたい人なので、あんまり好きじゃないようである)
これまで、三谷幸喜氏の映画作品を見ていると、良くも悪くも「ああ、この人は本当に舞台人なんだな〜」と思う瞬間が必ずあった。
なんというか、「必要な無駄」が多いのだ。
時間の流れとともに、役者の一人ひとりに小さな見せ場があり、かっこいいセリフがあり、裏で走り回る人間像が見え隠れする。
これは空間が限られた舞台ならではの演出だ。
なので、舞台なら、「計算しつくされた演出!」なんて賞賛されるであろうポイントが、空間は好きなだけ移動できるのに、視点が固定されてしまう映像となると、逆にちょっとバラけた印象を与えてしまうのである。
「ラジオの時間」も「みんなのいえ」も、「なにもそんなにバタバタしなくていいのに(-_-;)」と思ってしまい、映画としてはイマイチだったのは、どれもが群像劇なのに、セリフにカメラを向けすぎるからではなかったか?
で、3作目となる今回はいうと、その「必要な無駄」が以前よりも随所に現れていたと思う。が、「グランドホテル形式なんですよ」と前ふりがあるので全く気にならなかったのだ!
これは作戦勝ちかもしれない。
ぬるくゆるく明るくくだけた構成は、よくも悪くも「舞台人・三谷幸喜!」という感じがする。
なんも考えずに明るい気分になりたいときにはとってもいいかもしれない。

